知られていくことは必ずしも幸せとは限らない。

記事の著者:龍平矢野
公開日:2026年11月7日
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こんにちは。矢野です。

今日からぐっと寒くなりましたね。風も強くてさみーと思いながら店に来たんですが、道中嘘だろ!?って言うくらい薄着の人もいて、もう誰が感じてる気温が正常なのかわかりません。笑
ただ店に向かってる道中で思っていたことは一つ。
コーヒーが美味しい季節がやってきたぞ〜ってこと。
こんな日はドリップコーヒーももちろんいいけど、気分的にはフラットホワイトとかを片手に賀茂川の色づき始めた景色を楽しんだりしちゃいたいですね。
いつできるかな〜。なんとか気候がいい間に1日くらい休みをくれ!笑

さて今日から伏見のカフェCØがリニューアルオープンしてまして、正直気持ちはそっちに行ってるというかそわそわしてます。笑
まあそんなに大幅に何かを変更したわけではないので受け入れてもらえるかなとかそういった心配はないのですが、約1年ほど営業してきて初めて準備期間として今週5日間くらい店を閉めてたので、ちゃんとお客さんが戻ってきてくれるかなーとそっちの心配が。

この心配って今に始まったことではなくて、それこそLaughterだって今でこそアルバイトのスタッフもいて、割と定休日というものがなく、営業してますが、今でも正月は西陣店は4〜5日休みますし、そういった時にいまだに連休明けにお客さんが来るかなとかちょっと心配になります。

あとは何より新しい店をオープンする日ですね。これは何回やっても慣れない。
毎回オープン初日はドキドキです。お客さんが来てくれるんだろうか。誰も関心がないんじゃないだろうかと。
それだけ何度も挑戦させていただいていること自体にも感謝なんですが、店舗営業に関わらず、何かを始める時、挑戦し始める時、それを世に放つとき、公言する時、というのはいつも不安になるものですよね。

でも大体不安の正体って、「未知」なだけなので、始まってみたら良くも悪くも気にならないものです。
良かったら最高だし、悪かったらなんとかするしかない。なんとかならなかったら終わるだけ。しかもその時って誰にも知られなかったから終わるわけで、誰も知らないということは存在していなかったのと同義なので恥ずかしいこともない。だから失敗は存在しない。

多分何者かになってからの失敗の方が痛いんでしょうね。何者にもなれてない時って、そこに憧れてなんとかもがくし、自分の活動とか言葉が誰にも届かないことにフラストレーションが溜まってそれがまたハングリー精神になって頑張れる。
でも芸能人とかみてたらわかるように何者かになってしまったらまたそれはそれで一挙手一投足切り取られてあーだこーだ言われる。

果たしてどちらが幸せなのか。

僕は知名度的には今くらいが一番心地いいです。笑
知ってくれてる人は知ってくれてるし、店に会いに来てくれる人もいるけど、こうやってブログに好きなこと何書いてても炎上しないくらいには知られてない。笑

ただたまに驚くのは自分が思ってる以上にLaughterが知ってもらえてる時もあって、それは同時に僕のことも知ってる人がいて、よく行くカフェでコーヒー飲みながら絵を描いてたら、実は隣の席の人が僕のことを知ってたみたいで後でSNSにコメントが来たりとか、たまたまいったカフェとかコーヒー屋で店員さんに声かけられたりとか。
表面化してるだけでこれだけあったら実は気づいてるけど言わなかったという人はもっといそう。
嬉しい反面、これくらいが限界ですね。笑
じゃないとおちおち女の子と街も歩けない…。

 

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