こんにちは。矢野です。
今でもたまに思い出す言葉があって、それはまだ起業したての頃。
母校である大学のとあるキャリア系の授業に先輩として呼んでもらって、小グループに分かれて学生からの質問にお答えするというものをやっていたときに、一人の学生がニヤニヤしながら「学生で起業して自分は周りより優れていると思ってますか?」というニュアンスのことを聞いてきました。
多分かましてやったぜという感じだったんでしょうが今思うと憎たらしすぎますね。笑
その時は今より僕も子供だったのでむかっとしたのですが、極めて優しく「むしろ君くらいの学生の時の方が自分のことを優秀だと思ってたよ。井の中の蛙という言葉があるように起業して外の世界に出てたくさんの人に出会うたびに自分がいかに小さいかを思い知ってとてもじゃないけど自分のことをそんな風には思えないし、そういう経験をしている人ほど謙虚になっていくんじゃないかな。」と答えました。
その学生は真顔になって黙りこくってしまいました。
僕もなかなかですね。笑
まあでもこれは本当にそうで、考え方も発言も行動もいろんなものを経験することによって自分がいかにちっぽけな世界で生きているかを知っていきます。
学生起業とかしてると人前で話す機会とかインタビューとかされる機会が多いので僕が喋った内容がネットに落ちてたりするんですけど、後になって読むとめちゃくちゃ尖ったこと話してたりするんですよ。恥ずかしい。笑
その後いろんな経験をしていくと良くも悪くも想像力が働くようになってどんどん尖ったことを言わなくって言ってるのが目に見えてわかります。
それを人は「丸くなった」と呼ぶんだと思います。
これは他人が使う場合には良い意味で使われることが比較的多いですが、自分ではそれを見るたびに、発言が丸くなってるのを感じるたびにこれで良いんかなぁとおもうこともあって。
たまにそうやって不意に昔の自分の発言とかを目にするとむしろここまで尖ったこと言っててかっこいいなと思うことも。
だから今はまた丸くなった上で、いろんなことがわかるようになってきた上で、それでも自分が信じているものについては過剰な配慮はせず言い切る、やり切るということがかっこいいんじゃないかと。正しいかどうかじゃなく、自分はこうというものを示せる人はかっこいいですよね。