人間は考える葦である。よね?

Article author: 龍平矢野
Article published at: Jun 22, 2026
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こんにちは。矢野です。

先日行った京都橘大学での講義のコメントペーパーが送られてきました。

非常に楽しみながら拝見したのですが、印象に残っている話として書かれていたのは大きく以下の二つの部分。

・小さなことを積み重ねることでコツコツ信頼を築くのが大切

・迷った時には想像のつかない方の道を選択する

特に後者の方について言及してる生徒が多かったです。彼ら自身もなんとなく「安心」する方の選択肢ばかりを選んでしまい、なかなか挑戦できずにいることを自覚しているようでした。
僕は毎度このような大学でお話をさせていただく機会にはいかに頭のネジを飛ばして行動しているかと言うことを意識して話していることが多いです。
無茶苦茶しろと言うわけではなく(してもいいけど)、意外に学生って僕もそうですけど、何しても許される期間のはずなのに真面目に小さくまとまってしまうことが多いんですよね。それは自分でもわかってるんだけど、周りもそうだからいいかみたいになんと泣く流されちゃうみたいな。

ちょっと大胆に話し過ぎて逆に不安を煽っていないか心配してたのですが、ポジティブな感想ばかりだったので安心しました。
彼らの背中をちょっとでも押すきっかけになってたらいいなと思います。

しかし送ってきてくださった先生も仰っていた(と言うか謝っておられた笑)ことですが、およそ大学生とは思えない文章を書いている子が何人もいる。笑
というか大多数の生徒が文章力が低い。

これはたまたまなのか、全体としてこうなのか…。

やはり最近は読書をしなかったり、LINEなどの短文メッセージに慣れていたり、AIを利用したりと長文を書く習慣がないことに起因しているのでしょうか。

これは結構問題だなぁと思う反面、今後は読解力とか文章を書く力とかそう入ったものがそもそも必要とされない時代が来るかもしれないと言うことを考えるとなんとも言えない気持ちになるものです。

ただパスカルも「人間は考える葦である」と言っている様に、人間は頭で考えて言葉で捉えることができるもの(その逆も然り)しか理解できないとすると、どんな世界になったところで言葉に対する感度は必要であり続ける様な気もするし、そうあった欲しいなと思うばかりです。

コーヒー飲みます。

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